世界標準の経営理論(著:入山 章栄 早稲田大学大学院・ビジネススクール教授)の理解を深めるために、内容のまとめをアウトプットしていきます。
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今日は情報の経済学についてまとめます。
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目次
組織の経済学について
前回までに触れたSCP・RBVは”市場”にフォーカスした理論。
企業が超過利潤を獲得するために「完全競争市場が成立するための4条件をいかに崩すか」がそれらの理論の根底だった。
しかし、企業を構成する組織・個人への洞察はされていなかったので、人間の意思決定の条件が現実から離れていた。そこに着目したのが組織の経済学である。
組織の経済学の中でも以下の3つの情報に関する理論を学ぶことで、人間の意思決定の条件を修正して現実に近づける。
- 情報の非対称性に着目
- 情報の経済学:取引・やりとりの前に起きる問題を扱う
- エージェンシー理論:取引・やりとりの後に起きる問題を扱う
- 限定された合理性に着目
- 取引利用論:「組織とは何か」の本質に迫る
情報の経済学について
本日は1点目の「情報の経済学」についてまとめる
情報の経済学も「完全競争からの乖離」が出発点であり、条件5に着目する
条件5-完備情報(complete information)
ある企業の製品・サービスの完全な情報を、顧客・同業他社が持っている。
完備情報の例
例えば家電購入時の状況は完備情報に近い
ある家電量販店でメーカーAの商品が20万円,メーカーBの商品が10万円で販売されていて、「メーカーAの方がメーカーBよりも質が高い」と知っている。また、それぞれの商品のスペックも表示されているので、値段の違いが妥当か検討できる。
更にその家電量販店の販売価格が妥当かは別の店の情報と比較できる。
このようにある商品の品質・値段・販売している店の特徴など、購入検討で把握したい全ての情報があることを完備情報という
アカロフのレモン市場
しかし市場取引では完備情報があることは稀だ。
完備情報がないとどのような事態が起きるのか説明した有名な理論が「アカロフのレモン(中古車)市場」である。
中古車市場の問題は、買う側が中古車の「本当の情報がわからない」点にある。
前に運転していた人、故障歴・事故歴、部品の痛み具合など、中古車ディーラーは全ての情報を知っているが、それらを全て開示する必要はない。
従って中古車市場では買い手と売り手で情報の非対称性が起きていて、完全競争の条件5が崩されている。
情報の非対称性(information asymmetry)
買い手・売り手の取引プレーヤーのどちらか一方だけが偏在的に特定の情報を持ち、もう一方が持たない状況
中古車市場のプレーヤーの行動予測
売り手側
売り手側にとっての合理的な行動は、虚偽表示することだ。
虚偽表示(misrepresentation)
情報を隠蔽して本当の値段と差のある表示をすること今回の例であれば「価値の低下に繋がる情報を隠して中古車の実際の価値よりも高く提示する」ことである。
買い手側が完備情報を得られないとわかっているのだから、価値の低下に繋がる情報を隠して実際の値段よりも高く表示する。
この時、売り手だけが知っている中古車の本当の価値のこと私的情報(private information)と呼ぶ。
買い手側
次に買い手側は合理的に考えればディスカウントを求めるはずだ。
この際に重要なのは、買い手側も「中古車ディーラーは本当の価値を隠して高めに値段設定している」と知っていることだ。
この場合買い手側が合理的である限り、販売価格を信じずにディスカウントを要求する。
アドバース・セレクション(adverse selection:逆淘汰・逆選択)
上の例で市場に正直な中古車ディーラーがいた場合、どうなるのか。それは淘汰される事になる。
正直なプレイヤーが淘汰されて虚偽表示をするプレイヤーだけが残りがちになることをアドバース・セレクションと呼ぶ。
アドバース・セレクションの原理
中古車市場に「虚偽表示をする売り手A」と「正直者な売り手B」がいて、全く同じ車種の中古をそれぞれ150万円で販売している。
売り手Aが販売している中古車の本来の価値は100万円、一方、売り手Bが販売している中古車の本来の価値は販売価格と同じ150万円
買い手は「中古車ディーラーは本当の価値を隠して高めに値段設定している」と考えているため、合理的に行動してディスカウント交渉をする。
この場合、正直者の売り手Bはディスカウントには応じられないが、虚偽表示をしている売り手Aはディスカウントに応じることができる。
そのため買い手は虚偽表示をしている売り手Aから購入することとなり、市場には虚偽表示をするプレイヤーだけが残ってしまう。
アドバース・セレクションの問題点
買い手側
これは多くの取引で起こりうる深刻な問題である。
虚偽表示をするプレイヤーだけが残るのは、「質の良いものを適正な値段で手に入れたい」買い手には明らかな損失である。
売り手側
アドバース・セレクションは売り手にも問題である。虚偽表示をしない正直者な売り手は、自分の商品を適正価格と信じてもらえないため生き残ることができない。
SCP・RBVでは完全競争の4条件を崩すと超過利潤を得られたが、条件5が崩れることはむしろ多くのプレイヤーに不利益を被らせることになる。
実際のビジネスにつきまとうアドバース・セレクション
①就職市場
売り手:求職者 自分の能力を過剰に言う
買い手:企業 売り手が嘘をつくと思っているから条件を悪くする
就職市場は情報の非対称性が生じる典型
求職者は自身の能力を脚色するので、企業側は中古車市場の買い手と同じ原理で提示条件を悪くする。
その結果、本当に能力のある求職者は満足しないので、他所に流れる。従って就職市場は薄い市場になりやすく、失業が発生する。
②保険など、買い手が指摘情報を持つ場合
売り手:保険会社など 誰が注意深いかわからないから全ての値段を高くする
買い手:購入者 注意深い人にとっては割高
市場には「事故を起こしやすい人」「事故を起こしにくい人」がいる。しかしこの場合、事故の起こしやすさの情報は当人にしかわからない。
従って保険業界では買い手側が、私的情報(事故を起こしやすいかどうか)を持っているのである。
結果として売り手側の保険会社は全ての人に対して保険料を割高に設定することになるので、事故を起こしにくい人にとっては割高な契約になってしまう。
③融資・投資
金融業界そのものがアドバース・セレクションに囲まれた業界である。
銀行は与信調査をしても融資先の内状を完璧に把握することは不可能だ。さらに経営状況が悪い企業ほど、「経営には問題がないから融資してくれ」と言い張る
④企業買収(M&A)
買収する側の企業がアドバース・セレクションに直面する。
銀行融資と似たような状況だが、買収する企業が買収先企業の内状を完璧に把握することは不可能だ。
買収される企業は買収金額を釣り上げるために社内の問題をデューデリジェンスの過程でもひた隠す可能性がある。
アドバース・セレクションの理解は今後さらに重要になる
①起業ブームの盛り上がり
近年起業ブームの高まりによって、大企業とスタートアップの協業・投資などの連携が増加している。
しかしスタートアップ企業は情報開示義務がなく、実態が外から見えにくい。従って大企業はスタートアップと協業したくてもできない。
スタートアップにとってExitのひとつの手段である売却も、アドバース・セレクションが理由で価値を信じてもらいにくい。
従って今後スタートアップと大企業の協業機会を増加させていくにはアドバース・セレクションの理解が重要となる。
②ビジネスの国際化
ビジネスで外国に進出する際、現地ビジネスの指摘情報を把握することは困難だ。
国際的な企業の買収案件統計分析でも、買収企業と被買収企業の国の間に制度的な違いがあるほど、買収案件の未完、長期化することが明らかになっている。
制度的な違いから生じるアドバース・セレクション問題により、買収交渉・手続きが難航するのである。
③インターネットビジネスの発展
ネットビジネスには以下の2つの面があるため、アドバース・セレクションを生じやすい
・今まで繋がっていなかった人・企業をつなげる新たな取引
・新たに繋がったプレーヤー同士が互いに顔の見えないネット上で取引
ただ、うまくアドバース・セレクションを解消することができれば成功のチャンスが生まれる。
例えばメルカリは買い手・売り手の過去の取引評価を誰にでも見られるようにしたため、それが取引相手の判断基準の一つになっている。
この例のようにネット上の取引では運営企業がネット技術を使ってどのようにアドバース・セレクションを解消するかが成功の鍵となる。
④企業買収の高まり
日本の企業買収は年々加速しており、クロスボーダーのM&Aも増加傾向にある。
しかし上述のようにM&Aは本質的にアドバース・セレクション問題を伴っており、クロスボーダーであればその問題は深刻化する。
アドバース・セレクションを解消するための理論
スクリーニング:情報を持たないプレーヤーの対処法
スクリーニングは情報を持たないプレーヤーの対処法を理論化したものである。
解消法は極めて単純で選択肢を用意することだ。
例えば先の保険の例では「保険料は安いが事故になった時の補償額も安い保険」「保険料は高いが補償額も高い保険」の2つを用意すればすむ。
保険加入者で「事故を起こしにくい」と自覚している人は前者の保険を選び、「事故を起こしやすい」と自覚している人は後者を選ぶ。
保険会社はどちらのターゲットも逃さずに済むので売り手・買い手にとってwin-winである。
他にもクーポン券も同様の効果がある。
「少しでも安く食べたい客層」「多少の価格差は気にしない客層」が市場にある。顧客のコスト意識は私的情報なので、店舗は客層によって価格をコントロールできない。
ただそこでクーポンを配布すると、アドバース・セレクションは解消される。前者はそれを使って価格を下げるが、後者は気にせず本来の価格で購入するだろう。
以上の例のように、「顧客に選択肢を与える」ことで顧客が勝手に自らの指摘情報に基づいた行動をとってアドバース・セレクションを解消するメカニズムをスクリーニングと呼ぶ
シグナリング:指摘情報を持つプレイヤーのための対処法
シグナリングは指摘情報を持つプレイヤーのための理論である。
彼らの問題は「自分の情報が本当だと相手に信じてもらえない」ことだ。
就職市場なら「虚偽表示をする別の志望者のせいで、自分の能力が本当だと信じてもらえない」ことがそれにあたる。
これを解消するためには「わかりやすく顕在化したシグナル」を送る必要がある。そうすることで情報の非対称性を解消することができる。
例えば就職市場での代表的なシグナリングの例は「学歴」である。優秀で真面目な人を選別するために学歴をシグナルにするのは合理的な判断と言える。
一方、経営学では私的情報をもつ企業が「戦略的に外部にシグナリングする」可能性について研究が進んでいる。
例えばISOマークの取得をすると企業の信頼が高まったり、スタートアップが著名VCから投資を受けると他企業との資本提携を受けやすくなったりしている。
唯一シグナリングを戦略的に行う際に気をつけるべきことは「裏付け」だ。
学歴をシグナルとするのは「その大学に入るのは難しく、合格したということは、その人に高い学力と真面目さがある証拠」と認められるからだ。
そして著名VCからの出資を受けるのも、それが大変であると認められているからこそシグナルになる。
情報の非対称性はチャンス
今まで情報の非対称性をネガティブに捉えてきたが、そうなるとも限らない。
例えば企業買収の場合、上場企業よりも非上場企業を買収した方が、買収パフォーマンスが高まるデータがある。
まず他の条件を一定とすれば、非上場企業は情報の非対称性が高いので買収ターゲットとしては望ましくない。
しかし、それでもある企業が非上場企業を買収したということは、本当の価値を見抜いていたことになり、非上場企業の経営資源を独占できる。
他方、上場企業の情報の多くは誰にでも公開されているため、ライバルを出し抜く「上澄み効果」は薄い。
従って、目利きによって非上場企業を買収できれば、上場企業の買収に比べてパフォーマンスが高まる結果になるのだ。
以上のように、情報の非対称性はチャンスになるのだ。目利きができればライバルを出し抜くチャンスになる。
情報の非対称性を味方につける方法
ではどうしたら企業の目利き力を高めることができるのだろうか。
それは経験による学習である。
日本随一の目利き力をもつ永守氏は、あえて規模が小さく、業績も悪い会社を狙って長い間買収を続けてきたことで有名だ。
情報の非対称性はアドバース・セレクション問題を引き起こすマイナス側面もあるが、そこを乗り切れる経営者・企業には大きなチャンスでもある。